沖縄科学技術大学院大学 OIST  フェーズ1              設計 日建設計 コーンバーグアソシエイツ 国建 設計共同体 2015年竣工           

撮影 岡本公二 浅川敏   写真提供OIST広報室

谷を挟んで中央棟(講義室、事務局、食堂など)をブリッジ(スカイウォーク)でつながれた研究棟が取り囲む。
内閣府直属の世界最高水準の教育研究機関を沖縄の原生林の中にゼロから構築するプロジェクト。
既存の生態系を活用して自然親和型のキャンパスを構築することで、大学は世界中からトップ科学者を惹きつけている。
紹介動画

OIST - University of the Future 新時代の教育研究を切り拓く

https://youtu.be/OLeylXbZDpo?list=PL-REvevtRD2fLjxHMB5n4dfXYZUr9vM5X

OISTの学生生活 PhD in the Making: Lorena Andreol

https://youtu.be/Sjf8tT491CU?si=Ggw5xtw-wZl-0Ufp



受賞

BCS賞 公共建築賞 日本建築家協会優秀建築賞 

九州建築賞(作品賞)日本建築学会作品選集 

プロジェクト発足の背景このプロジェクトは内閣府主導で沖縄の恩納村にある原生林の丘陵地という科学研究基盤がほとんどないところに 小さいけれども世界最高水準の研究大学院を創り出すというものです。科学技術分野での世界的な研究競争は厳しく その苛烈な競争環境の中で日本が科学立国として生き残り成長していくための重要な挑戦でした。国際プロポーザルが行われ, 著名な建築家や設計組織の挑戦者の中から 厳しい選抜の結果我々日建設計チームが選ばれました。日本的な既成概念や組織にとらわれず 世界で戦える「世界最高水準」を沖縄に作り出すこと。プロポーザルで発注者から与えられた課題であり以降われわれが目指し続けてきたものでした。 
初めてその敷地に立った時
当初240ヘクタールという広大な原生林が敷地でこれなら何でもできると思っていた楽観が吹っ飛んだのは 敷地には絶滅危惧種と呼ばれる野生生物が200種以上生息しているとその詳細な調査図(ここに琉球赤ガメがいたとかここに琉球いぼいもりの糞があったとかここには貴重な琉球松の木があるとか)が示されたときです。開発可能区域が厳しく制限されて建物を建てる側にとっては実は細切れの敷地であることが判明しました。敷地からの大きな課題は、自然をどう残し、取り込んで、既存住民である稀少な野生生物と共生しながら 最先端の研究施設を創り出すかということでした。
デザインの変遷と最終結果世界の先進研究者を惹きつけるにも売り物は自然と海の眺めしかありません。ハブに噛まれるかもといいながら尾根を歩き回りつつ 「最先端」を押し付けるのではなく自然に応答しながら「その場」で育ってきたと言える建物を建てたいと思いました。建物の複雑な平面は 敷地の尾根のコンタラインと格闘しつつ 海への眺め 谷間への見下ろしを確保しようとした結果です。日差しを避け眺めを確保する深い庇も沖縄の強烈な空への応答です。この建物は沖縄風か?と問われたら 沖縄の風土の上に自然が育てた「無国籍風」ですと答えようと 設計チームと話しました。いろいろな波乱万丈がありましたが初期のアイデアを最後まで保ち続けたことがこのプロジェクトの一番の特徴だと 施設担当副学長から繰り返し言われました

設計過程の議論の中で

一番難しいのが「世界最高水準とは何か」という問いでした。そもそも日本と世界で何が違うのか 日本流を発展させて世界最高水準にできないのか いまだに海外に範を求めないといけないのか さまざまな思いが交錯する中で とりあえず予断を避け 世界最高水準と自他共に認められているところでは実際に何が起こっているのか 虚心に眺めてみようとしました。 共同設計者(ラボ内部空間設計担当)のコーンバーグさんはお父さんがノーベル賞受賞の研究者 お兄さんものちにノーベル賞を取る研究者という研究者家族の生まれで国際的な研究者の生活をよく知っている人でした。 彼の助けもあって いろいろな研究所を訪れ さまざまな分野で活発に国際的に活動する研究者の方々と話し様子を見ていくうちに 「研究者という人生の過ごし方」があるのだという 今では普通だ思うのですが そのころは思ってもみなかったことを実感するようになりました。それまで私はさまざまな大学や研究施設を設計してきましたが お話しするときはついついXX大学教授であり YY研究所の所長という組織の肩書きを見てしまい その方々が実は個人の「研究者」として世界を生きているという風に見ることができていなかったように思います。実際に見学させていただいた研究者の方々は 楽しそうに「研究者して」いました。(実は大変な競争にさらされているのでしょうが)。そのときに「世界最高水準」というのは建築や施設のことではなく 世界最高水準の「研究者生活」を送れる研究・生活環境づくりのことなのかと思い至りました。刺激しあえる研究仲間、自然と戯れるレクリエーション 家族との暮らし 日本社会的には「何を贅沢な」といわれそうなそのことこそ 世界の旬な研究者を沖縄にひきつけるために目指すべき世界最高水準だと考えるようになりました。ビレッジという学生・研究者の生活の場を大学の入り口正面に置いたり 既存のコミュニティーと一体化する門前町作りを提案したりと 孤立した研究施設ではなく充実した生活の場を生み出せるようにというマスタープランはそのためです。当時の理事の一人だった元東大総長で文部大臣を経験された有馬朗人さんの言葉は 「世界最高水準の研究大学を作るためには 最高水準の研究者たちを世界から集めてこないといけない その時に研究者たち自身は 世界的なリーダーがいて最高水準の実験機器があったらどんなところでも来てくれる。しかし家族は違う。嫁さんを口説かないとだめなんだ。ボストンのMITやサンフランシスコのスタンフォードに行くことができる研究者の家族に沖縄に住むのもいいと思わせるしっかりした住環境を創り出さないと来てくれない。」

設計中の困難

一番の困難は 日本の見方と世界からの見方のギャップ。理事長はノーベル賞受賞のアメリカ人 学長はスタンフォードの研究幹部と 世界をいつも見据えている人々だけれど 建物を作る側の日本の行政者は日本方式が基準。建物のグレードや機能水準を世界水準にするために日本的な常識と戦い続けることが最も苦労したこと。実験台の作り方など ありとあらゆる場面で日本的な慣習を乗り越える説得の必要があった。また居住・生活施設(住居や保育施設)についても裏方に押しやってしまう日本的な感覚ではなく 「こんなところに住みたい これなら沖縄に来てもいい」と世界的研究者の家族に思ってもらえる水準を実現するのに大いなる説得が必要であった。世界の常識は日本の非常識 その非常識を一つ一つ乗り越えていくことが設計の作業だった。

プロジェクト期間中の『最大のピンチ』と突破

日本の常識と世界最先端を目指すことのギャップ。建物全体の作り方も発想が根本的に違う。キャンパスづくりにあたってもともと想定している敷地造成予算が山をつぶして谷を埋めてという一般的な作り方のものだったので(その割には生態系の保護という命題は最初から言われていたのだけど)谷を残したり橋を架けたりトンネルを掘ったりという「想定外」のキャンパスづくりは前人未踏の領域だった。予算の説得にも大変苦労した。 突破できたのはシドニーブレンナー理事長やジョナサンドーファン学長、ジョンディキソン副学長、ノーベル賞学者などで構成する理事会が 建物や環境に投資することに強い共感をもって日本政府側と交渉してくれたこと。

最後まで貫いた設計上の理念

日本の高水準だったらいいじゃないか 普通はこんなもんだ という悪魔のささやきがいつも聞こえてくる中で あくまで世界的な視野からの最高水準を追求しようとしたこと。

完成後嬉しかった瞬間

うれしかったのは 学長のジョナサン・ドーファン氏の言葉。「世界中から有能な研究者・学生をリクルートしようとしている。彼らはまず沖縄という誰も知らない島に来て研究をするという考えに戸惑う でも「一度見に来てくれ」と言って 彼らが実際に施設を訪れ研究活動に触れると 大変驚きここなら研究してみようと言い出す。研究者や学生に対してこのキャンパスは大変力強いリクルートツールだ」。世界中から集まった 多くの研究者 学生たちがここでの生活を楽しんでくれています。私自身は研究者ではないですが 研究の世界で全く無名の誰も知らなかった小さな研究大学が徐々に世界に名を響かせていく様子をを見ると大変感慨深いです。
大学や研究機関というのは生き物なので 物理的な施設ができても それは始まりに過ぎません。運営する側が「世界最高水準」を創り育てていく姿勢を貫かないとすぐに元気がなくなってしまいます。この気迫の維持が難しい。OISTが教育・研究機関として世界に名をとどろかせていってほしいと願っています。

うまくいった部分と予想外の部分

計算通りという点では 
1)建物間の距離。谷を挟んで二つの建物が置かれるのだが 離れすぎると緑の中でキャンパスとしての一体感を失う。 逆に引っ付きすぎると狭苦しく閉じ込められた感じになる。ちょうどいい「つかず離れず」の間隔はどれくらいかとずいぶん悩み 既存のいろいろな大学を訪れて隣棟間隔を図りながら 60mの間隔だと決めた。(中央棟と研究棟2の距離。スカイウォーク1の長さ)これはうまくいったと思う。 
2)センター棟の屋上庭園。人々の食事や交流の焦点としてよく機能している。地形(生態系保護)の点で大きくできなかったことがいいスケール感となって親しみやすさを創り出している。
予想を超えるという点では 
1)トンネル 当初から「こんなのうまくいくか?」という議論もあり 注目されていたが 結果として 展示やイベントなども行われ 単なる通過空間以上の使われ方がされているのは本当にほっとするし うれしくなる。
2)スカイウォーク2(屋根のないほうのブリッジ)。スカイウォーク1は沖縄の暑さや台風を気にしないで建物同士がつながるように重装備で空調付きの展望台的な役目も果たすものにした。 その後の設計のスカイウォーク2ではコスト削減のターゲットになった。屋根付き吹き曝しのよくある「渡り廊下」的なものも当然の選択肢としてあったが それだとあまりコストがさがらないし それならいっそのこと屋根なしむき出しの橋にしようということになった。 暑いとか濡れるとか言われるかと思ったが 結果としてこのむき出しの橋が大好評でまさに森の空中を渡る感じが喜ばれている。(台風の時や雨の時 暑くて困るときはスカイウォーク1を通れるのでOK)

設計裏話

世界最高水準の研究大学を創り出すという大変大胆な掛け声で事業がスタートしたが 設計面では「ノーベル賞科学者5人の意見」とか ケン・コーンバーグさんという研究施設の専門家(彼のお父さんとお兄さんはノーベル賞受賞者)とか いろいろな「外人力」が日本的な常識を断ち切った施設づくりを可能にしてくれた。最初から「日本目線」を捨てて「世界目線」に立とうとしたのがよかったと思う。それは必ずしも贅沢をしようという話ではない。思い出す逸話がある。我々が実施設計で図面をまとめているときに実験室の内装担当のケンさんから来た建具表(各室の扉の大きさや種類を一覧表にしたもので設計図書の一つ)を見ると 地下にある電子顕微鏡室の横の小さな準備室の入口の扉が 上部の実験室階の会議室と同じグレードのしっかりした扉になっている。「普通ならこんなところは節約して安い扉をつけるのに・・ ケンさん ちゃんと気を配ってないのではないか・・」と思った私は ためらいながらもカリフォルニアに電話した。するとケンさんは「それは間違いでも手抜きでもない 我々の設計意図だ。」と説明してくれた。「最近の科学研究はチームワークで各人が自分の持ち場でしっかり成果を生み出していくことでいい結果を出せる。たまたま地下の小部屋に行って実験している人も 上の明るい実験室で働いている人も同じように重要な貢献者だ。なのに建物側が地下の小部屋の扉のグレードを下げたら そこに入る人は自分の仕事は格下の仕事だと感じるかもしれない。建物はその人に対してあなたも重要な研究者の一員なのだということを訴えてあげるべきだ。だから上と下の扉のグレードは同じにしている・・・。」   そういわれてなるほどと大納得。いつも「メリハリをつける」などと言いながら目の前のコストという言い訳に囚われてきた自分を深く反省。確かに建物は、空間はそこを使う人にいつも語り掛けている。 例えば住宅を作るときに台所をきれいに整えることは実はそこで料理をする人を励ます行為なのだろう。


全景

研究ゾーン全景
大学創設期(フェーズ1)全景 中央棟(事務部門 講義室 食堂)を3つの研究棟が取り囲む。谷を挟む建物はブリッジ(スカイウォーク)で結ばれる 
研究ゾーン全景

研究ゾーン全景

研究ゾーン全景

研究ゾーン全景

キャニオン

キャニオン

スカイウォーク

スカイウォーク

スカイウォーク

センタービル

センタービル

センタービル

センタービル

センタービル

セントラルグリーン

セントラルグリーン

セントラルグリーン

セントラルグリーン

セントラルグリーン

中央カフェテリア

中央カフェテリア

センタービル

センタービル

Lab

Lab

Lab

Lab

Lab

Lab

Lab

Lab

Lab

Lab

講堂

Tunnel and Corridor

Tunnel and Corridor

Tunnel and Corridor

Tunnel and Corridor

Tunnel and Corridor

Tunnel and Corridor

Tunnel and Corridor

講堂

講堂

講堂

講堂

講堂

講堂