総合地球環境学研究所  設計 日建設計  2006年竣工
  

撮影 名執一雄

総合地球環境学研究所   設計 日建設計  2006年竣工
  
京都北山の森林を背景とした文理融合型研究施設。日本の伝統的な建築形態を採用し北山の景観を高めながら、様々な分野の研究者の出会いや交流を促進する平面計画。 自然環境と一体となった採光・換気方式により、高い環境性能と快適な空間を実現。(エネルギー消費を50%に削減)
受賞

日本建築学会作品選奨 日本建築家協会優秀作品選 MIPIM Asia Green Architecture Awards 

瓦屋根いらか賞


プロジェクト発足の背景地球を考えるためには これまでの大学の研究室の延長ではなく分野の枠にとらわれない研究体制を作ることが必要だという動物行動学者「日高敏隆」京大教授の提唱のもと「総合地球環境学研究所」が創設され その本拠地としてこの施設が建設されることになった。文部科学省が行ったPFI(パブリック ファイナンス イニシアティブ)事業で設計者施工者がチームを組み 3チームが争った結果 我々のチームが選定された。「文理融合」が研究所の根本理念でいかに異分野の研究者を融合的な活動に導ける建物を作るかが課題だった。設計内容と工事コストを総合的に合体評価する方式で 工事コストでは最も安いものではなかったが 設計内容が極めて高く評価された結果の選定だった。
初めてその敷地に立った時
京都北山の京都大学農学部が持つ演習林の一角を切り取って敷地として利用するもので 豊かな緑の山並みの風景が美しかった。大きなメタセコイヤの森をどのように生かしていくか 通常だと閉鎖的なオフィスの箱になりがちな研究施設だが 地球環境を考える人々には せっかくのこの森の空気を感じながら仕事ができるような環境を創り出したいと思った。これからの地球環境を考えるにあたって設計者として「景観になじむ」ということを大きな課題としてとらえ 大きな建物をできるだけ目立たなくするという次元ではなく 「建物が一緒に北山の景観を創っていく」ことに挑戦したいと考えた。
デザインの変遷と最終結果我々にとって設計の課題は 1)文理融合を実現する建物 2)自然の地形を生かししかも北山の景観を守る 3)地球環境研究所らしく自らエネルギー消費を抑え込むことを実践する だった。研究者の交流を誘発するように 中庭を持つワンフロアの回遊式平面にすべての研究室を展開する形式を作り 床面積としては大きな建物だが 高さを抑え 京都らしい瓦葺で木造外壁、一直線ではなくカーブを持った平面形とすることで 風景になじむ景観が出来上がった。

設計過程の議論の中で

全く新しい研究の在り方そのものを創り出そうという精神の研究所を創造することになるので ここではユーザー参加型という設計手法を用いて 研究者と一緒に議論することであるべき研究室の配置などを探っていった。 研究者が分断されず自由な交流が促されることが主要課題だった。階を分けると階ごとにグループができてしまうとか 隣の研究室をのぞき込むのは気づまりに感じる などの生活者としての意見を踏まえながら ワンフロア型で回遊動線を持つ平面計画ができていった。

設計中の困難

自然地形を残すとか自然植生を残すとかいうのは耳障りはいいが実行するのは簡単なことではない。敷地の中に多くの木が生えていた。そのまま保全して計画しようとしたが 自然の植生なので位置を割り出したり大きさ種類を把握するのに大変な負担がかかることがわかり 断念せざるを得なかった。その当時はGPSも一般的ではなく 様々な計測やその資料の分析も困難であった。今のIT機器の基盤があれば 当時よりはもう少し手軽にきめ細かに既存樹木を残すことへの対応ができたかもしれない。

プロジェクト期間中の『最大のピンチ』と突破

普通は建築本体が主で外構工事は従と扱われることが多いが ここでは 外部の道路や景観とのかかわりを建物本体の設計と同じ重みで大切にした。敷地を使うにあたって 既存の林の斜面の中に林道が通っていた。工事の自然環境へのインパクトを抑えるためにこの既存の林道を敷地内の通路として使うことにしていたが  一般の土木基準を使うと豊かに育っている林の斜面を削り取ってコンクリートの大きな擁壁に置き換えないといけない。 大きな工事費を使って木々を伐採して見苦しいコンクリートの壁を作ることになる。せっかく何十年も前から木が育っているのに なぜ「土木基準では・・」というだけで殺されてしまうのか。残念でならない。検討の末 既存の斜面の安定性を今のままでもいいと科学的に確認して森林を残す特別許可をもらおうということになった。 各所に水平ボーリングで土質調査を行った結果 無事に既存の緑の斜面が保全できた。これはPFI事業で工事者と設計者が一体となって動けたからできたことだと思う。

最後まで貫いた設計上の理念

研究室空間が単なる平たい無個性オフィスとならないようにしたかった。 連続しながらも 変化があって光の入り方も違って そこをうろつくことが楽しくなるようなもの、ここの研究者はフィールドワークを大切にする人々なので 外部の空気から切り離された研究空間にならないように 外に出やすく 庭を楽しめるものにしようと心掛けた。

完成後嬉しかった瞬間

庭でお弁当を食べている研究者を見たとき。日本の大学でこんな風景をめったに見ることはないから。
  完成から長い年月が過ぎたが 地球研はユニークな研究組織として存在感を増しているように思えるのは大変うれしい。 

うまくいった部分と予想外の部分

周辺は設計時はのんびりした開放的な畑だったがそのうち住宅が建て込んでくるだろうと覚悟していた。その小さな家々の混沌の中で外部から見た瓦屋根とのこぎり状の壁・窓は スケールを細やかなものにしてくれ 外から研究所の風景が「事務所のように巨大に」見えるのを防いでくれてている。地球研の建物がのびやかに、でも主張せずに森を背景にしてたたずんでいる姿は大変うれしい。風景を作れたと思う。

振り返って反省したこと

食堂の位置 食堂を人々が集う場として考えたときにもっと中庭に近く開放的なものにもできたと思う。図書室食堂などというのもできたかもしれない。

設計裏話

参加型設計という形で 研究者に設計段階から議論に参加してもらった。高名な動物行動学者の日高先生も議論に参加された。 いろんな材料が混ぜ合わせておいしくなるという「五目焼き飯」論が持論で 研究者が自分の枠にこもらずに混ざり合うことを徹底的に大切にされた。これが一般の大学施設と全く違う施設の文化と空間表情を創り出す大きな力となった。日高先生はチェーンスモーカーだったが 研究所内で喫煙室をどこに置くかの議論の時 我々設計側は研究者が行きやすいようにいくつかに分散して作る案を考えたが日高先生が「いや 一か所でいい 端っこでいい」と主張。「いくつも作ると喫煙室ごとにグループができてしまう」「タバコを吸う人間は遠くても這ってでも行く」と言われた。結局喫煙室は建物の一番先端の通用口の近く 林の見えるとことに置くことになった。人の(動物の)行動心理を深く理解し 研究者の自然か交流をうまく導き出そうという信念に触れた機会だった。