理念

Make Things Beautiful(あるものを美しくより価値あるものにする)

多くの建築設計者やデザイナーは美しいものを作ろうとする。大学でもそう教える。あたかも今までにない新しく美しいものを創り出すことが一番大切なことであるかのように。

 

私も若い時代にはほかと違った美しいものユニークなものを作らなければという圧を受け 素直にそう努力しながらも そのことに何かなじめなさを感じていた。カリフォルニアへの留学時代のある時 何気ないけれど美しい風景(誰が「デザイン」したわけでもない 田舎の農家のように自らあって満ち足りているような風景)を見ながら気づいた。

 

美しいものを生み出そうとするから 何が美しいか 何をしたら独自性が出せるのか などと迷ってしまう。 それより今 目の前にあるもの 広大な風景だったり 小さな街並だったり 家だったり どうしたらもっと美しくできるかを考えようとすると そのものをもっと見つめ 理解し 謙虚に働きかけることができる。

 

つまり私が目指すべきなのは今までになかったような新しく見えるものを作るのではなく すでにそこにあるものをよく理解し味わいながら深めていくこと。 Make beautiful things ではなく. Make Things Beautiful。 実際の建築の設計の世界ではいつも敷地があり環境があり(山だったり河だったり隣の家だったり)またその建物を実際に使おうとする(住む)人々がいる。建物が出来上がったときにその建物によって周辺の環境がより豊かになり そそこに住まう人々がその敷地に深くつながり周辺の人々とより深くつながって価値豊かに住まい働き集う場を実現することを実現したいと願っている。

 

結果として私の作る建物はユニークだと言われたとしても それは珍しいものを作ろうとした努力から来るのではなく 敷地の特異性や材料の独自性 そこに住む人・使う人々の活動の独自性が おざなりのいつもの建築的回答に陥ることを避けて引き出された誠実な反応であると思っている。

  

建物と街をシームレスで設計するということ

建物を設計するときに それがあたかも一つの孤立した製品(例えば自動車や 食器などのように)であるかのように取り扱うことが行われがち。

例えば有名な 「建築は住むための機会である」という言葉のように。

しかし私はこれは間違っていると思う。

街路は建築の使った後のあまりカスではなく 建築は街路というインテリア空間を作るための内壁。

個々の建物が全体の中にしっかり根差し他とき建物の個性と街の個性は一体となってより強いものになる。

例えばパリのノートルダム寺院。

一方で街に根差すことのできない建物は(それは主に具体的な建築の素材とかデザインの在り方によって決まるのだが)街をつぶしていく(例えばパリのポンピドーセンター)どちらも周辺の建物とは大きさも違い形も違っているが 片方は街を引き締め 一方は街を突き崩す。


世界的な場で巨大な規模の街づくりを実践してきた私だからできること

私は中国やインドや韓国の大規模開発を手掛ける中で「役人任せにはできない 自分たちでこの国を作っていくんだ」という気概を感じてきました。

多くの場合 設計者はまず周辺の与条件を固めようとしてしまう。そしてその与えられた条件の中から最適解を見つけ出すことを仕事とする。

でも いろいろな国や地域で仕事をし いろいろな条件の発注者と仕事をしていると

1)与えられた条件というのは必ずしも誰かが考え抜いた必然的なものなのではなく どちらかといえば成り行きで決められ それに従うことが必ずしも街づくりという立場から見て最適のものでも何でもない ところが人はそんな与条件を見て安心しそれにしがみつこうとしてしまう。

これはあまり根拠はない過去に自ら進んで縛られていく態度となる。

2)真に自分で あるいは自分たちで しっかりした未来を創ろうとする人たちは 与条件のあいまいさを見抜き それを超える動きを探し出したいと思っている 与条件を疑うことは 非効率であったり不確実であったり 自ら手間をしょい込む動きであるけれど それを避けていてはクライアントからは ああこの人は手間を省きたいのだ と見抜かれてしまう。


そもそも私の理解する街というのは多数の異なる建物が集まってできる一連のもの。異なったものの集まりで それが空間的にいくつかの物体に分かれている(間に外部空間がある)ことが必要。例えば巨大な建物をさして「これは一つの街のようなもの」という言い方をすることがあるが(私もそう言っていたことがあるが)これは間違い。

単なる巨大建築物は街にはなりえない。一方小さな家々がいくつか道を挟んで建っているとそこには街の兆しができてくる。そんな時にできる共有空間としての街路やキャンパスなどをいかに街として高めるかが最も重要な街設計者の役割だと思う。

ここで「私は道を作る」「あなたは家を作る」と切り分けてしまうと そこから街は単なる切り分けの寄せ集めになる。

それをしたくなる欲望に耐え きめ細かく内と外と道のつながりを育てていくのがいい街を創るのだと思っている。

例を挙げると 道を挟んで建つ家同士の関係 庭の作り方や車の置き方がお互いに相手の様子を踏まえたものであることによって 道自体の風景が一気にしっとりとしたものになってくる。


多くの場合 建築家にとって一番必要なのは知識を持っていることではなく 知識を持っている人の力をうまく取り入れること。

特に大規模な建物や街区になると道路設計や植栽設計 設備インフラ設計など 専門家との協力なしでは仕事ができない。

ところがその専門家たちも ついつい決まりきった技術的手法を使って話を簡単に乗り切ってしまうとか 逆にあまり経験がないことでも乗り切ってしまおうとするとか 議論の中で様々なバイアスがかかる。

そのバイアスを振り払わせて一つ一つの状況を直視しながら解決策を見出すような動きがチームとしてできたときに いいチームになる。

そのチームを組み立てるのが建築家の重要な仕事だと私は考える