| プロジェクト発足の背景 | 日本経済が活気にあふれていた時期で 成長を続けていたダイアモンドリゾートが初めて海外にリゾート施設を作るというもの。 |
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| 初めてその敷地に立った時 | マウイ島のワイレアという新規リゾート開発地域(現在は大きなリゾート地として成熟しているが当時は海岸沿いにいくつかのホテルと観光コンドミニアムが点在するのみ)をクライアントと訪れて まずしたのはどこの敷地にするか選ぶこと。いくつかの候補分譲地があったが 海岸沿いはもうほかのホテルなどが占めており 海から一皮入った敷地だった。その中から少し海からは離れるけれど 起伏があって丘の上から海を眺める景色を楽しめるということでこの敷地を選んだ。観光イメージに出てくる緑の芝生と美しい花園のハワイ風景とは違って マウイ島のこの辺りは雨が少なくごつごつした岩肌にとげのある低木が生えていてサバンナのような雰囲気。 結局あの美しい風景は 人がそこに移り住んで一生懸命水を撒いて世話をして初めて出来上がるものなのだということを知った。 |
設計中の困難 | 当時はインターネット会議などはなく(携帯電話もお弁当箱ぐらいの大きさのものでごく一部の人が仕事のために抱えていた)打合せは全部対面であった。 伊丹空港を17時ごろのハワイ域に乗ると現地時間7時ごろにつくがそれは日本時間の午前2時。時差のおかげで涙を流しながら入国審査を通って ホノルルに行ったり マウイ島行の飛行機に乗り替えたりいう苦行が 1,2か月に一回というペースだった。ほかの人々はハワイといえばバカンスなのに。距離・時差は大きな困難だった。 |
振り返って反省したこと | 客室のお風呂は 今だったらビューバス(海の見えるガラス張りの風呂)も作っていただろう。 |
設計裏話 | ハワイでは建物を建てるときに都市計画上の許可が必要でそのために住民説明会を行う義務がある。我々も説明会を開いたがその時の話。現地の方が我々の構想図(のびやかな木造の中央棟を中心に広がるコッテージ風施設)を見て「こんな雰囲気の提案があるとは思ってもみなかった。ふつうは事業説明会というと反対意見を述べることが多いが ここでは私はこのプロジェクト構想に賛成する」と言ってくれ 座が大変和んだ。 大きなコンクリートのホテル群が構想され続ける中で 自然になじむ形の設計思想が好感を呼んだのだろう。 日本でできることと世界でできることは全く違うのだということが実感として伝わってきた。ハワイという別世界の中で日本的な感覚でのコストと工期をコントロールするというのは無理筋。文化的なギャップをどう乗り越えるかが大きな試練だった。カリフォルニア大学に留学していた時も文化的な違いは痛感したが それは学生として驚きながらも楽しめたもの。でも実際の仕事の上でのギャップは全く違う重みのあるものだった。いろいろな課題が起きるたびに それは文化ギャップによるものか 単に一般的な課題なのかを自問自答しながら進めていった貴重な経験だった。 |