沖縄科学技術大学院大学 学生・研究者宿舎 「冲縄 Scientist Village]  フェーズ1 設計 国建 日建設計 設計共同体    2015年竣工       

撮影 岡本公二 国建 OIST広報室 写真提供 OIST広報室

沖縄科学技術大学院大学 学生・研究者宿舎 「冲縄 Scientist Village]  フェーズ1 設計 国建 日建設計 設計共同体    2015年竣工       
世界中から沖縄に移り住むことになる研究者や家族が、均一の箱に押し込められるのではなくお互いの個性を尊重しながら交流し生活できるような、多様な新しい集合住宅を創り出す。
受賞

グッドデザイン賞


プロジェクト発足の背景沖縄科学技術大学院大学の教員宿舎・研究者・学生宿舎として 大学施設本体と並行して設計・建設された。魅力的な居住環境を提供できることが沖縄に世界中から優秀な人材を集める(移り住んでもらう)ための重要な条件となるという大学創設の方針で 日本国内の一般的な学生寮や研究者宿舎とは全く違う目線で建設された。
デザインの変遷と最終結果配置のマスタープランで 恩納村の既存住居群に近い位置に配置する しかも大学の入り口に配置して 住居群が大学の最初の顔になるということが当初の理事会で全員一致で選択された。「周辺から切り離されたものになってほしくない」というのが理事会の強い意向であった。研究者・学生の過半数が外国からの人々となることが想定される中 外人村を作りたくないという気持ちがいきわたっていた。日本の一般の大学計画の中で大学を独自のものとしてとらえ 周辺から切り離して考える中で いかに最初から真剣に周辺住民との連携を考えるかという点で 当初のブレンナー理事長や理事会の開かれた大学でなければならないという見識の高さは(世界水準では当然のことなのだろうが)卓越していた。そんな中で強い一体感を持ちながら周辺に開かれた居住ゾーンを創り出すかに苦心した。沖縄の伝統ともいえる赤瓦の屋根も 沖縄の人々の文化に溶け込んでいこうという意思表現であった。

設計過程の議論の中で

住居群の中央の庭にみんなでくつろげるためのプールを作りたかったが 贅沢だと言われてあきらめた。レストランやカフェなどいろいろな案が出たが 運営者を見つけにくいなどの理由であきらめた。 公共施設の場合 あらかじめ運営者を決めてその運営戦略を取り込んで施設の検討を進めるような体制になっていない(例えば いい店を作っても契約上2年ごとに運営者の選定を見直されるような規定)ので サービス的面での丁寧な対応を民間に期待しにくい。施設を建設することと運営することとのギャップを大きく感じるプロセスだった。経験主義や細切れ主義は 今まで作り続けられ 運営されている実績のある そして誰にでもできるほどに「こなれている」ものを作るにはよいかもしれないが 新しい価値を創造していくには不向きなものである。
集合住宅そのものに関しての「ふつう」の考え方が日本と世界ではかけ離れてしまっている。米国の住宅はどうなっているのか ヨーロッパではどうなっているのか インドは 中国は シンガポールは? 国際的に事例を調査していく中で 各室にちゃんと窓を取る 外光・外気を取り入れることをいかに大切にしているかを突き付けられた。 日本の一般的な集合住宅の平面計画 【片廊下で「南面バルコニー」型XXLDK】 バルコニーに面してLDKがあり廊下側の部屋は窓を形式的につけているが使えないので結局寝室には実質的には窓がない という形態がいかに世界の住宅の常識からかけ離れているかを痛感した。 我々が知らず知らずに「こんなもんだ」とあきらめていた価値感。 すべての寝室とリビングダイニングにしっかり光が入ることが妥協できない課題となった。

プロジェクト期間中の『最大のピンチ』と突破

敷地の北側に 敷地から一直線につながるヤシの木の並木道があった。マスタープラン検討時に 国道からの メインのアクセス道路をその既存のヤシの木の道に合わせて作り 住宅の軸をその位置に取った。そのことでキャンパス全体が海への軸を持つことになった。最初に敷地に想定されていた道は全く違うもので それを変更してもらうのに行政や発注者に訴えて大変な努力をしたが 大いに意味があったと思う。

最後まで貫いた設計上の理念

設計中に 一つ一つの住居を違って作るビレッジスタイル 中廊下型で各室に光が入る欧米スタイル など日本の一般的な平面形式を踏襲しないことについて(設計が大学宿舎というよりリゾートという風に見えるのか)こんなことで無駄遣いをしているのではないかと議論が起こった。同じものを繰り返すほうが安くなるとアドバイスする企業もでた。でも我々はそしてOISTは 世界の最高水準(ハーバードやMIT)と戦える大学をこの沖縄に筒全作れと言われているのだと主張し 日本風を少し改善するという発想を捨てて どうやったら世界の研究者とその家族を惹きつけられるかを根本から考えないといけないのだということを繰り返し説明した。 「同じ箱を作る団地方式だと安くなる」とか「四角い箱だと安くなる」という意見には断固組せず 一つ一つ地学家々を組み合わせる形は崩さず そのうえでそれを様々な節約手法を用いてコストダウンを図った。工事者も普段は同じものを繰り返すマンション工事を見慣れているので戸惑っていたが 次第に慣れてきていろいろな形があることを受け入れ 形を楽しんでくれるようになった。

完成後嬉しかった瞬間

普通なら「統一感」ということで全体を同じ色にするところを 家々としての変化を出すために部分部分で意図的に様々な色遣いをした。 出来上がってみてそれが個別感を出すのに効果的であったことに安堵した。
  いろいろな国の家族や単身者など多様な人々が実際に住み始めて村が村として住みこまれていることに大変喜びを感じる。ある居住者が話してくれた逸話で 保育所で友達同士になったこの宿舎群に住んでいる子供たちがお互いの住んでいる家の話をして(一つ一つの家が内装の色まで違うので)「君の家は何色?」と探検に来て遊んでいる ということ。同じものを繰り返す団地方式では決して起こりえなかった楽しみだろう。 

うまくいった部分と予想外の部分

計算通りという点は 1)中央棟の浜へと貫く軸線を作ったこと。キャンパスの芯ができた。 2)ビレッジ形式で 一つ一つの住戸 一つ一つのブロックに 窓の形態や壁の色など変化を持たせ 同じ箱の栗開始ではない雰囲気を創り出したこと   3)中庭が人の交流の場になったこと

設計裏話

一般の人は「公務員宿舎」というだけで どんなものか想像できる。まずそれはありふれた形で敷地の影の部分に置かれて 目立たないもの 贅沢だと批判されないようなもの となっている。 そしてこのOISTビレッジも国の事業でやる限りそんな背景で作るしかない。 最小限の面積で機能優先で・・・ こんなことで世界のトップ研究者や学生を沖縄に呼べるはずがない。!! というのがOIST創設者(ノーベル賞受賞者を中心にした世界水準の研究者たち)の大きな懸念。で国として 一般の規則を離れて計画の自由度を確保するためにとられたのが英国起源で日本でも普及しつつあったPFI方式(民間資金等活用事業)。大学が民間事業者に土地を貸し 研究者・学生を入居者とすることを条件に 民間事業者が建物を建てて運営し家賃の形で資金を回収する。これだと民間の家主として 建物の内容を自由度高く決定していける。大学側は長期ユーザーとして建物の設計と運営をコントロールできる。という仕組み。このおかげで我々設計側は一般の公務員宿舎などの基準を気にすることなく「世界水準」に取り組むことができた。