高知県に新設された公設民営大学。
学際的な研究、異なる分野の統合は、現代の科学研究の世界的傾向であり、当大学では従来の学科の概念を取り払う先駆者としての空間づくりを行った。
英国製の赤レンガと豊かな緑を主体としたキャンパスは、築25年経った現代でもその美しさを失わずキャンパスに学ぶ人々のよりどころとなっている。
| 受賞 | 公共建築賞 日本建築学会作品選集 英国Brick活性化賞 アメリカランドスケープデザイナー協会優秀作品賞(ASLA Professional Awards of Excellence) |
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| プロジェクト発足の背景 | 高知県にはそれまで理系の大学はなかった。 県内の大きな議論の中で高知の将来の産業発展のために工業的な基盤を作りたいとの願いから 公設民営(公共が出資して民間が私立大学として運営する(運営の自由度を確保する)の形で設立が決定し 公開プロポーザルで日建設計が選ばれた。創立メンバーとして 元東京工業大学学長や東大工学部土木学科長 阪大教育センター長など各分野各地域の重鎮が教授陣として参画し 意欲的で有能な100人の人材を研究・教育陣として高地に誘致する形で設立が進んでいった。今までの国立大学ではできなかった学科を超えた自由な研究のできる大学を創り出すことが目標であった |
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| 初めてその敷地に立った時 | 敷地として想定されたのは高知県の林業試験場として使われてきた平坦な土地で植栽試験などに使われる並木などがあった。南側に鏡野公園というよく整備された公園がありこの公園とキャンパスを一体的に感じさせることを考えた。またのどかな農業風景が続くところなので 開放的な塀のないキャンパスづくりを行うのにふさわしいと考えた |
| デザインの変遷と最終結果 | 5学科で構成される大学というプログラムだったので 最初は機械工学棟・情報工学棟・電気工学棟・・・など各分野ごとに別の建物を並べそれを連結する形(これは当時極めて一般的な大学校舎の発想) を提案したが「これは我々が目指す大学とは違う」と却下され その時初めて大学の創設教授陣が学科の壁を持たない一体的な交流をいかに重視しているかが深く理解できた。その後 学科間の連携をいかに創り出すかという それまでの大学設計の通常を超えた建築計画に挑戦することとなった。最終的には 工学部には珍しく教官室を実験室から切り離して1フロアに集中し その教員室をあえて小さくし中央の普通なら廊下とする部分をゆったりしたロビー状の共用交流スペース(コモンスペース)とするなど従来の大学施設構成とは全く違う発想の実験室・教室・研究室群の構成を創り出した。 |
設計過程の議論の中で | 大学の施設はグリッドと呼ばれる標準単位によって全体がコントロールされることが多い。その基準を3m(当時一般的な 少し窮屈なもの)にするか3.6m(ふつうは使われていないが ゆったりした感じのもの)にするかで大きな別れ目があったが 「普通は」という言葉に囚われない という学長判断で3.6mグリッドが採用された。これが建物の外観や全体空間の雰囲気に大きく影響している |
設計中の困難 | 鏡野公園には中央に南北に走るカイズカイブキの並木の道がある。有効幅3m程度で車道としては狭くて使えないのだが それが住民にとってのこの場所のシンボルになっていた。「高知では建物には南から入るもんだ」という言葉を聞かされ 何とかその道が大学の象徴的な正面アプローチとして使えるように取り組んだ。結果として 普段使いとは別の大変象徴的な緑に包み込まれるアクセスを創り出すことができた。 |
うまくいった部分と予想外の部分 | うまく行った点 レンガ 回廊 池 設計中はいろいろな懸念が出されたが 結果として大学キャンパスのの豊かな表情を創り出すアイコンとなった。 予想を超えて使いこなしている点 コモンスペース 2期増築部のディスカッション教室。 いかに教員・学生間の肩ひじ張らない交流の雰囲気を創り出すか また教室を議論の場にするか という課題に挑戦するべく考え出したものだが 出来上がって人々が予想以上に自由に使いこなしている様子に大いに安堵している。この計画以降 教員同士や学生同士のコミュニケーションが大学キャンパス設計の「当然の」命題となった。 |
設計裏話 | 初期の段階で外装材料の検討をしているときに 煉瓦を大学側に提案することを大変ためらった。先端的とか工業系とか言うことから 銀色のアルミパネルとか ガラス張りとかを期待されているのではないか 煉瓦というものに 古臭いとか 重苦しいとかいう反応があるのではないかと心配していた。ところがいざ意を決して提案してみると 全く抵抗なく受け入れられて拍子抜けの感じ。結局のところ 最先端風に見える建物を作らないといけないというのは設計側の思い込みで 実際の利用者の側の建物に対する受け止め方は違っているのだということがよく分かった。出来上がってからも煉瓦は多くの人々に親しまれていて 大学のキャンパスの重要な表情となっている。これがアルミパネルだったらどうなっていただろうと思うと 意味のない思い込みの恐ろしさを痛感する。 またここに使われているのはイギリス産の色むらがあり形も不揃いな荒っぽい煉瓦である。これこそ煉瓦の温かみを創り出してくれると思って選んだ。実は日本製の煉瓦を使うほうがいいだろうといろいろ調べたが 日本製のものは形も色も均質性が極めて高く 見た目の「硬さ」を抜け出せない。 日本のメーカーにイギリスの煉瓦を見せてこんな不揃いでゆがんだものはできないのですかと聞くと 「できません そんなものを作ったらJISの規格工場の資格を外されます。もし作るなら「芸術品」として工場規格の必要のないところで作ることになります」と言われた。 なるほど こうやって世の中は均質でどこでも同じなものにあふれていくのか というのがその時の感想。 |