Landscape
中国の最先端企業を代表する華為技術が開発した自社職員のための研究開発基地(地上65万m2)。東関市松山湖沿いの緑豊かな150haの敷地に新たに研究所を設立するにあたって 職員への魅力づくりのために 近代風でなくヨーロッパの歴史的な12都市を参照して、ヒューマンスケールで緑豊かな都市景観を作り出した。
湖畔の緑地に沿って長辺約3㎞奥行0.8㎞の敷地全体を結びつけるのに内部に鉄道を走らせ 社員の移動の快適さと活発な交流の促進を図っている。
中国全体で大きな話題となり 見学希望者が絶えず 観光名所的な存在となっている
Huawei 街並風景 松山湖と華為大学Huawei Campus Dongguan China 30 maart 2025
空撮松山湖 航拍华为松山湖基地
https://youtu.be/_cFVV-wPvxE?list=PL-REvevtRD2fLjxHMB5n4dfXYZUr9vM5X
| 受賞 | 華為技術 金牌設計士表彰 |
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| プロジェクト発足の背景 | これらの建物群や庭園群は、ファーウェイ(華為)という中国を代表する最先端IT企業の技術研究開発のための基地(華為松山湖研究開発基地)と社員・顧客のための研修所(華為大学)であり、華為関係者のいわば日常的な知的生産活動の場であり生活の場である。美しい魅力的な環境こそが豊かな創造性を生む源泉になるというファーウェイの信念に基づいて作り出された。その背景には空間の豊かさで人を集めるという戦略がある。ファーウェイは深圳に本社を置き 中国国内に大きな研究開発基地を北京 上海 西安 成都 天津 など10以上すでに稼働させている。こんな状況の中で 深圳キャンパスが手狭になり新たな拡張地として深圳から車で1時間ほどの郊外にある東莞市松山湖地区選ばれた。 が ここは人口もまばらで周辺に市街地があるわけでもなく 湖以外に特徴のないライチ畑だった。このようなところに新しいキャンパスを作って果たして優秀な社員が来てくれるのか?が重要な懸念だった。そこで建物や庭園の魅力によってここで働きたいと人々を惹きつけよういう戦略となった。 |
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| 初めてその敷地に立った時 | 中国南部のIT先端都市深圳(シンセン)から車で1時間ほど北に行くと 東莞市(トンガン)がありその郊外に松山湖とそれを取り巻く公園地域がある。松山湖は非常用水源の機能を備えた人造湖で複雑な湖岸線があり周辺全体が修景公園地区になっている。この丘陵地帯に大きく広がるのどかなライチ畑が広大なプロジェクトの敷地となった。湖の南湖岸に130Haの広さで2.7kmにわたって展開しているのが華為松山湖研究開発基地、 湖を挟み込むようにその対岸 北湖岸に35haの広さで1.4kmにわたって 企業研修施設である華為大学が展開している。 |
| デザインの変遷と最終結果 | このような 欧州の歴史的様式を継承する形で研究開発基地を作るという構想は2013年に催された国際設計コンペで日建設計の設計チームによって提案され華為に驚きと高揚をもって採択されました。それ以来発注者である華為・設計者・工事者様々な人々が挑戦心と忍耐強い努力で 歴史を継承する街並みの再構築を順次創り出していき 研究基地は2020年 華為大学は2022年の全体完成に至りました。 |
設計過程の議論の中で | 参照都市の選定について 当初選定していた12都市のうちベニスをボローニャに トレドをルクセンブルグに アマルフィ―をフリブールにと変更した。詳細に都市の地形や組み立てを調査していく中で この敷地にうまく元の都市の表情を再構築できないと判断したから。例えばベニスの水路を実際に建物間に巡らせるのは難しいとかトレドの城壁の風景を全体に作り出すのは難しいとか アマルフィは建物が小さすぎてR&D施設には向かないとか・・ それらに代わってもっと無理なく実態にそう形で街を再構築できそうなものを探してあてはめていった。 駐車場について 当初は中央の大きな水面沿いに一体化した駐車場を想定していたが 中央部分に巨大な別建物を置くことの工事上の困難さから 各建物(都市)の下に知れぞれの駐車場を置くことに変更した。これは今振り返ってみると適切な変更だったと思う。これで交通の集中が避けられ 車を降りてからオフィススペースへの移動も便利に行われるようになった。 |
設計中の困難 | グラナダでの現地建築家との打合せでは、アルハンブラ宮殿対岸のアルバイシンの丘へ向かい、歴史と生活が息づく街を調査。スタッコ、石畳、彫刻、広場や教会の数々を、壁の作り方や軒先の扱いなど歴史文化を踏まえた深い解説と共に巡った。歴史の重みを痛感したのは我々が作っていた模型を見せたとき。我々は回廊の美しさにほれ込んで街路にも回廊を作ろうとしていたが「これはグラナダではない」と言われた。歴史的にグラナダはキリスト教徒と回教徒との戦場になってきたので 街路に面する建物の外壁は敵の侵入を防ぐ防御壁であり 門をくぐって初めて快適な回廊のある中庭がある。敵に取り囲まれた時の生存ツールになっているのだとのこと。なるほど。アドバイザーがいてくれてよかった。
信頼感が増す中、宮殿を見渡す崖のレストランで、昼間からブランコ(ワイン)を片手に2~3時間にも及ぶ「ビッグランチ」を堪能。そのセンスの良さに会話と共にグッと距離感が縮まっていた。観光客立入禁止のアルハンブラ宮殿内や普段見られない固く閉ざされた門の中に広がる異国の中庭など、多彩な文化が融合した街の魅力が強く心に残っていった。 |
プロジェクト期間中の『最大のピンチ』と突破 | 欧州の街並みを調査しながら我々が学んだのは それらの歴史都市で異なる建物を連携させながら街並みとして引き立てているのは単なる見かけの統一性ではなく各々の建物の細部の多様性、質感の多様性であるということ。我々は実際の石造り、煉瓦造り、漆喰塗りの建物のスケールを見定め 装飾を読み解いて 細心の注意を払ってその「街並みの心」を一つ一つ再創造しようとした。松山湖研究基地で100棟を超え華為大学も100種類を超える外観でそれを試みることは 気の遠くなるような作業といえるが そこで怖気づいては 単なる規格優先の近代生産主義に戻ってしまう。ここで踏ん張らねば。
心配だったのは 世界中で建築生産が標準化し工業生産化しているなかで 現代中国の施工体制で一つひとつの違いを作り出すことができるだろうか そしてヨーロッパの古い建物のように本物の厚い石を積み上げたり 彫刻を施したりということが現代で現実化できるのかということだった。実際にどの程度のことが可能なのか 本物の石で本物の大きさでモックアップを作ってみようということになった。工事者の中で名乗りを上げた人々に図面を見せてどの程度実現できるか「腕比べ」となった。 出来上がったものを見て華為担当者も我々設計者も大変驚いた。ものの見事に設計内容が本物の材料を使って実現されていた。こんな石の彫刻は到底できないだろうからGRC(セメントをガラス繊維で強化したパネル工法。ディズニーランドなどではこれで岩の外観を模して作っている)で見かけを作るしかないかと思っていたら「本物で作りました」とのこと。巨大で分厚い本物の石の彫刻壁面がそのまま出来上がっていた。聞いてみると中国には世界最大級の石の加工機械があって コンピューター制御で3次元の図面データを基に石を削り出していくことができるとのこと。もちろん最終的なタッチは人間の手にゆだねられるが・・。こうしてこのモックアップ工事は実際にヨーロッパの町が本物の質感で中国で再創造できるのだと我々を大きく勇気づけてくれる大きなステップとなった。 |
最後まで貫いた設計上の理念 | しっかり本物を見定めて本物の伝統建築の心を読み解こうとすること。近代主義を無意識にでも持ち込まないこと |
完成後嬉しかった瞬間 | キャンパス内の食堂で昼食をとっていた時に 知らない人から「あなたがこのキャンパスの設計者か?」と声をかけられ 戸惑いながら「そうです」と答えると 「ありがとう」と握手の手を差し出された。聞いてみると彼はこのキャンパスで仕事をしていて キャンパスの風景が大変気に入っていてここにいることを楽しんでいる。こんな夢のある仕事場を創り出してくれてうれしかった とのこと。 |
うまくいった部分と予想外の部分 | 一番うまく行ったと思うのは 「ヨーロッパの12の都市を再創造する」というコンセプト。この明確な定義のおかげで 各都市の設計チームは自分の守備範囲の都市のデザインを再創造することに没頭できた。これがなければ 各自が「オリジナルの設計」を一生懸命ひねり出そうとするのだが いつも隣のデザインを気にしながら もっと隣と違うようにとか ここは統一しないと調和がとれない などというよくある近代都市景観議論に消耗していたことだろう。「歴史に謙虚に学ぼう」はこの巨大な施設群で各場所が個性的になるようにする決定的な動きだったと思う。 |
設計裏話 | 設計のプレゼンテーションはいつもファーウェイ本社のVIP施設で行われた。設計の初期段階で一度 ほかのキャンパスを設計している米国の設計者と出会ったことがある。その時に彼らが机に置いていた配置計画模型と我々が持って行った配置計画模型がたまたま同じ縮尺だったが あまりの違いに驚いたことがある。彼らはしっかり設計されていたが 一つ一つの建物は大きく 規則的でいかにも一般的な近代建築計画 という感じであったのに対し 我々のものは これが同じ縮尺かと疑いたくなるくらい細かく 複雑で 曲がりくねった道が通っている「街並」だった。この時に改めて 我々の「歴史に学ぶ」という手法が 細やかなヒューマンスケールにものを創り出すことをいかに助けてくれているかを痛感した。 |